曳き山

大溝にのこる五基の曳山は、その規模が、間口約2.4m、奥行約3.3m、棟までの総高約4.8mくらいで、大津祭の曳山をやや小ぶりにした感じです。二階を「上山」階下を「下山」と呼び、上山は黒塗・朱塗あるいは漆箔とし、飾り金具をほどこしていますが、下山は白木のままであり、これに正面は垂簾、側面は胴幕、背面は見送り幕を掛けています。

車は、トチ材を直径約60cm、厚さ約30cmの輪切りにした小さなもので、四ッ車となっています。曳山の制作年代等については、宝組の幕箱に元文3年(1738)の墨書銘が、また巴組の幕箱には、明和5年(1768)3月の墨書銘が、竜組には寛政10年の建 墨書銘、勇組のチカクシには文化元年(1804)の墨書銘などがあり、建造様式からみても江戸中期以前にはさかのぼり得ないようです。たとえば、巴組の 曳山については「古今記」に、文化元年「大工打下邑山田仁兵衛作」の「引山家台」ができた記事があり、翌2年には「引出土蔵」つまり山蔵の普請が成ってい ることからして文化元年の建造とみられます。

また、曳山には大津祭や水口祭・日野祭にみられる人形飾りはみられず、囃子(鉦・太鼓・笛)のみの簡素なものとなっているのが現状です。

なお、各々の曳山の特徴については、こちらのサイトに詳しく紹介されていますので、参考にしてください。